何故こんな事をしなければならないのか。
 姿見に映った自分の、ほぼ全裸とも言える姿を見て関羽は自問する他ない。下半身は小さな布で覆われているのみ。しかもそこには同じく主の下半身が重なるように押しつけられている。大分背の足りない劉備を気遣って首に腕を回させ腰も支えてやった。そうして立ったまま下肢から胸板をぴったりと密着させれば嫌でも熱が生まれてくる。相手は服を着ているにせよ長いことこうしていれば妙な気にもなってくる。
 何故こんな事を、ともう一度思いつつ劉備の様子を窺う。見上げてくる顔は恍惚として締まりがなかった。時折密着した陰部を擦り合わせるようにして小刻みに動かす時などさらにだらしのない顔になった。性急に事を進めたいが今のこのじれったい状態をもっと味わいたくて我慢できるだけ我慢するつもりなのだろう、と関羽は推察した。と同時にこのままでは主の上等な衣服によからぬ染みをつけてしまうのではとなんとも場違いな心配をしていた。
 なんにせよあまり長引かせたくない。関羽はせわしない手つきで主の小さな尻を鷲掴み揉んだ。愛撫とも言い難い乱暴な動きにも小さく喘ぎびくびくと反応する。その様子をとくと観察しながら布が皺になるほど揉み込む。撫で回す。戯れに尻朶を左右に押し開いてできた隙間へ指の腹を滑らせると劉備が辛抱堪らなくなったように呻き、強引に唇を合わせてきた。吸い付き離れ、また食らい付くを繰り返し煽るように下肢を揺り動かす。情感が高まるまで十分に口付けてからようやく離すと劉備は弛緩しきった顔でまた小さく呻いた。口端からどちらの物とも言えない唾液が一筋垂れ落ちていた。

「関羽、かんう……ぼく、やっぱり君のこと好きみたいだ……」
「はい」
「君が一番大事、他の奴らとは違うよ……だって孔明になら何言われてもなんとも思わないけど、君に無視されたり酷いこと言われたりすると心がものすごく痛くなってぼろぼろになっちゃうんだ……」
「……申し訳ありませんでした」
「いいよ、君なら許すよ。本当は君、とっても優しいって知ってるから。顔は怖いけどね……」
 頬に手を添えてくる劉備と小さく笑い合った。淫蕩な笑みを湛える主の情欲にぬらぬらと濡れた眼を覗き込んでいると関羽はくらりと足下が揺らぐような気がした。身体の中心で堅くなった物を持て余しうろうろと目が泳いだ。すぐさまそれを汲み取った劉備はにやりと口の端を上げると改めて義弟の堅く締まった頬に両手を添え、撫でた。
「関羽…君って本当にかっこいいよね……。顔もぼくなんかと違ってすごく男らしいし、髭も立派で羨ましいよ」
 はああと感嘆の吐息を漏らし頬から続く黒々とした口髭へと指を滑らせる。するりと顎髭の先端まで撫でそのまま流れ落ちるように胸板の隙間に指先を移した。盛り上がった肉の片方に掌を添えその弾力を楽しむ。
「それにこの筋肉も…逞しくっていいなあ。腹筋もこんなにカチカチで、石みたいだ」
 いつのまにか臍まで這い下りてきていた指に関羽はぎくりと身を堅くする。ゆっくりと、味わうように逞しい肉を慈しむ王の指。まるで舌のついた指先に舐め回されている気分だ。関羽は多少顔をしかめながら唾を飲み込む。喉がひりりと痛んだ。
 眼下には俯き加減になった劉備の頭がある。時折大きく揺れ、その向こうから湿った荒い息づかいが聞こえてくる。手持ちぶさたになった片手を髪に差し入れてみる。指で丁寧に梳いてやると、堅く黒々とした髪が僅かに湿り気を含んでいるのを感じた。立ち上る体臭は甘かった。若い性の衝動が押さえきれずもうもうと湧き出ているようだった。天井を向きふんと鼻息を漏らす。揺らぐ橙の灯と共に視界がとろりと溶けていく。股間に違和感を感じた。恐らく、主が手指を滑らせ今まさに愛撫を施さんとしているところなのだろう。関羽は今更確認せずともその慣れ親しんだ感覚はよくわかるので天を睨んだまま微動だにしない。
 そら、来たぞ。まずこうやって、身につけた物の上から焦らすように触ってくるんだ。いつものことだ。

「関羽…今ぼくが何してるかわかるよね? 」
 興奮に震える声で劉備が問う。関羽はただはい、とだけ答える。
「ちゃんとできてるかなあ? ねぇ、気持ちいい? ね、ね? 」
 大きさと形を確認するように下から上へと撫で上げる。膨らんだ股間がぐいと押され形を変える。やや屈み気味になり黒い布地を一杯に押し広げている性器を凝視する。ごくりと小さく喉が鳴る。掌を押し当てその熱さを感じ取ろうと躍起になる。
「すごい膨らんでるよ、ぼくが触ってもやっぱり気持ちよくなるの? 」
 情欲を訴えながらもどこか間の抜けた響きのある声に関羽は今まさに卑猥な行為をさせているのが劉備であると思い知らされ狼狽えた。
 気持ちいいの? 気持ちいいの? と問ういつものような間延びした声に現実に引き戻され熱が引くかと思いきやその逆で、むしろその無邪気な響きに興奮が身を焦がし股間は痛いほどに張りつめるのだ。
 唇を戦慄かせ天を睨む関羽をちらと見て劉備はほくそ笑んだ。そのまま包み込むように手を添え上下に擦り、射精を促す。焦るような、性急な動きだった。緩急を付けて揉みしだきつつ根本から先までを均等に慈しむ王の手指。剣を握る者としてはやや貧弱な、白く細い指。黒の上を絡みつくように滑る蛇。男の精気を搾り取ろうとする白い蛇。気味が悪い。
 う、と呻き前のめりになり劉備を掻き抱くような体制になる。太い腕を背に回し、肩を強く握った。互いの肩口に顔を埋め荒む息を感じ合う。関羽の喉から絞り出すような呻きが漏れる。剥き出しになった陰茎に主の指が絡みついていた。黒い絹は擦り下ろされ腿の一番太い部分に引っかかっていた。獣の声を上げながら慌ただしく劉備の狭い背を撫で回す。応えて劉備は完全に上を向いた茎を優しく丹念に扱いてやった。戯れに亀頭の先を指の腹で押しつぶしたり引っかくように爪を割入れてみたりもした。しかし、自分よりだいぶ大柄な男がびくりびくりと跳ねながら鼻息を荒くするので、怖くなった劉備はもうそれきりその遊びはやめてしまった。
 盛り上がった胸の肉に額を押し当て俯く劉備。根本の双球を丁寧に揉みその張った皮を解してから、後は筒状にした掌を幹に覆い被せひたすら上下させることに没頭した。男のツボをわきまえた男の手管に酔いしれながら脂汗を流すしかない関羽は情けなさに歯を食いしばりつつも男の髪を撫でるのを止められないでいる。迸る先走りが主の手と上品な刺繍の施された袖口を酷く汚していた。粘着質な音が耳にこびりつく。どこで覚えたのか、異様に巧みな愛撫の技に熱いものが腰の辺りに這い上がってくる。それでも射精に至るほどの強い刺激は与えられず、焦れた関羽は突き上げる体で腰を前後に揺すった。にも関わらず愛撫はじれったく、甘く、間断なく続くのだ。性の悦びから長らく遠ざかっていた堅物男には抗い難い悦楽の拷問だった。

 じりと灯火が一つ燃え落ち辺りが薄暗くなる。
 どれほど抱き合っていただろう。胸元にくぐもる、欲にまみれてべたべたとした喘ぎを聞きながら前方を睨む。姿見に、目を爛々と輝かせ顔も湯気を出さんばかりに赤くした男が映っていた。伸ばした顎髭のいかつさも手伝ってさながら幽鬼の形相だった。あまりの醜さに関羽はさっと目を逸らした。鬼の胸の中で主が身を捩らせ喘ぎながら一心不乱に黒い物を扱いていたからということもあったが、何より自分の醜悪さに怖気が振るった。普段は主のことなど気にもかけず泣かせてばかりいるというのにこんな時にはちゃっかり性の捌け口として使役しているのだ。ヒドい男、と女なら罵りの一つもしそうなものだが、一体こいつはそれに関してはどう思っているのだろう。
 関羽は胸に抱く男の本心を思って冷や汗が出た。様子を窺ってみるが下を向いても頭の天辺が見えるだけで表情はわからない。兄者。髪を撫で低く囁く。ぴくりと体を動かし小さく呻く。下の方では手首をしならせながらせわしく肉を揉みしだいていた。衣の前と茎の先端の間に、透明な糸が粘りついた橋をかけていた。関羽ははっとした。淫猥な行為に耽りながら劉備が何やら寝言のように呟き続けている。顔を寄せ注意して聞いてみると、なんてことはない。ただ熱に浮かされたように義弟の名を呼び続けているだけだった。
 関羽、関羽、かんう、ああ、かんう、かんう。舌っ足らずな甘い声。溜まりに溜まったものが重く腰回りにまとわりついた。すり合わせた箇所の熱さに目も眩む思いをしながらその小さな体を掻き抱いた。兄者、兄者。獣じみた咆哮にぬちゃくちゃと異様な音が混じる。掌に押しつけるように小刻みに体を動かす。ほどなくして息がぐ、と詰まり前後運動が止む。体を震わせ互いを強く抱く。頭の先から爪先までがじんと痺れ、手に触れた熱がこの上なく愛おしく思えた。

 息を整え体を離してみると、劉備の掌と衣服の全面部にべっとりと白い物が付着していた。粘度の高い液体がゆっくりと高級な布地の上に筋を作り落ちていく。
 関羽は青ざめた。離れ難いようにまだ性器を弄んでいる劉備を突き放し、萎えた物を握ったままおどおどと後ずさった。腿に引っかかっていた海水パンツををなんとか引き上げ濡れたイチモツを隠すとそのままどすんと寝台の上に尻を沈ませた。頭を抱え唸る関羽を後目に劉備は衣の布地を引き延ばし面白そうに汚物の軌跡を眺めている。
「関羽、ほらこんなにたくさん! 白くてネトネトしたのがこんなに! ほら! 健康的だね、すごいすごい! 」
 とてとてと関羽の元に走り寄り付着したものをべちゃりと指でかき回して見せる。関羽はしかめ面でそれを睨む。指の腹で擦って糸を引かせるとぷんと独特の臭いが辺りに漂った。その香りに誘われるように、とろんとした目の劉備は精に濡れた指先をゆったりと口元に近づける。その先では小さく突き出した赤い舌がちろちろと動きながら白い物が乗るのを待ちかまえていた。ぎょっとして関羽は主の手を掴みその手指を好色そうな赤から遠ざける。
「やめろ、よせ! 」
「うわっ! なんだよいきなり」
「……そんなものを…そのように扱ってはなりません。食べ物じゃないんですから。その、お戯れが過ぎるかと」
 劉備はむっとした顔をして腕を振り払うと改めて布地に染み始めた粘液を撫でた。慈しむように、優しく撫でた。
「でもこれは関羽がぼくとイイ事して気持ちよくなってくれた証拠だから…すごく大事なんだ、うれしいんだ。大切にしたらダメなのかなあ? 」
「しかし、それは口に入れて良い物ではありません」
「へぇ、お尻には入れてもいいのに? 」
 あはは、ぼく今うまいこと言った? どう、どう? けらけら笑いながら帯を緩め床に落とす。汚れた上着を肩からするりと抜き、背後に落ちるに任せる。白い肌着姿で関羽の前に仁王立ちになると劉備は薄笑いを浮かべて言った。
「さっきも言っただろ? ぼくともっと遊んでほしいって。遊ぶっていうのは、こういうことなんだよ」
 俯く関羽の頬に手を添え顔を覗き込み、剥き出しの両足の上に馬乗りになる。
「君はぼくの一番の仲間だ」
「はい」
「すごく、すっごく大切なんだよ」
「承知しているつもりです」
「ぼくには君しかいないんだ、君が一番頼りなんだ。君がいないとろくに戦えもしないし、それ以上に胸が寂しさでずたずたになる。君が恋しい。だからこそ君の好きなことは自由にやってほしいと思う。でも、本当にたまには、可哀想なぼくのことも見てほしいよ。ぼろぼろになったぼくを慰めてよ」
 慈悲を、と言うように額を胸に押しつけ縋った。丸くなった背に手を当てれば体の熱さが薄布越しに伝わる。指先に熱を感じながら関羽はそれでも逡巡する。
「私如きで慰めになるのなら光栄ですが…しかしこのような自然の道理に沿わない…あの、こういったことは兄者の体にもあまりよくないのではないかと」
 顔を上げた劉備が上目遣いに睨む。
「いいんだよ、痛めつけられるのは慣れてるし…というかむしろ痛いことされるとぼく、興奮する質なんだよね。最近気付いたけど。だから途中で飽きたりムカついたりしたらぼこぼこに殴ってくれてもいいし、ぼくのことなんか考えないでガンガンやっちゃっていいんだよ。滅茶苦茶にしていいから。ほら、ぐちゃぐちゃにしてよ、君のそのでっかいのでさあ。ほら、ほら! 」
 男の頭を抱き、体を押しつけつつ取った腕を腰に回させ撫でさせる。自棄になったように息を荒くしていやらしく身をくねらせる王の姿はどうひいき目に見ても醜かった。これが一国の君主のすることだろうか。
 関羽は嘆息して尻の辺りに添えさせられていた手を引っ込めた。そのまま劉備を脇に押し退け徐に立ち上がる。布団の上にころりと転がり放心した顔をする劉備を横目に主にひっぺがされてそのままだった寝間着を床から拾い上げた。肩にかけ帯紐をしっかりと結いつける。
「どうぞお引き取りください、兄者」
 戸を指さし促す。
「私はもう疲れてしまいました」
「ちょっ…えぇ! こんな所で終わりにするの!? ぼく、まだなんにも……」
 してもらってないのに、と言いかけながらがばりと身を起こすと関羽が蛆虫でも見るような目を向けてくるので劉備はびくびくと震え体を小さくした。
「萎えました」
「え〜! あれだけのことをやらせといて萎えたって君……」
「どうやら一発抜いてスッキリしてしまったようです」
「はっ、大きな誤算!? 君って絶倫っぽい感じに見えて案外淡泊なんだね。とほほ…こんなことならあんな大サービスするんじゃなかった」
「自分で好き勝手やっておいて何を言ってるんです」
「フン! やせ我慢しちゃってさ。ぼくの手コキで超ビンビンに勃起してたくせに! ほんとは今すぐそのでっかいの突っ込みたいんだろ? ぐちょぐちょのでろでろになって中出ししまくりたいんだろ? 」
 明らかな焦りを見せ聞くに堪えない言葉を口にし始めた劉備に関羽のこめかみがぴくぴくと動く。胡座をかき唇を尖らせている主の胸ぐらを掴み顔近くまで引き寄せ唸る。
「ふざけるな。人を色情狂みたいに言いやがって、こら。変態野郎は貴様一人で十分だ。他人の性処理にこれ以上付き合わされてたまるか」
 劉備の瞳にさっと暗いものが陰ったような気がして関羽は軽く舌打ちした。うなだれ黙り込む劉備を解放し一歩離れると思案顔で髭を撫でる。
 
 少し可哀想だろうか。しかしここでこいつの口車に乗ってしまえば今度こそ完全に取り込まれてしまいそうで恐ろしい。それこそ永遠に縛り付けられ逃げ出すことも叶わず、彼の右腕として命を失うまで……。こいつは飼い犬の首輪に鎖を繋げようとしているのだ。俺を殺す気か。自分はまだそこまでの覚悟をし得ておらず、死ぬことへの恐怖は人並み程度にある。やめておこう。首をふりふり劉備に背を向ける。もうやめよう、こんなことは。そもそも我らの立場上、性処理の相手は必要とあらばいくらでも見繕えるのだからわざわざ男同士で不自然な行為をする必要もないのだ。あの骨のように細い体を組み敷いて、弱々しげな悲鳴を聞きながら、狭い場所に、あの狭く熱くぬめる場所に、無理に押し込めてやる必要もないのだ。思えばどうしてこんな関係に甘んじていたのかもよくわからない。劉備なら「これは親愛の証だ」と言うかもしれないが、なし崩し的に付き合ってきただけの自分にはなかなかこの行為の意味が見いだせない。そういえばこんな、特別見目がいいわけでもない、ガキっぽい、ただの男をどうして抱こうという気になったのだろう。昔の自分に聞いてみたいもんだ。全く、不毛な話だ。

 関羽はあれこれと考えながら努めて身体の熱を冷まそうとしていた。そうしなければ主への衝動が今にも溢れ出してしまいそうだった。しかしその試みはあまりうまくいかなかった。
「……兄者、わかっていただけたら、今宵はもう……」
「ぼくは、ぼくのことだけ考えてこんなことするんじゃないんだよ。君にも気持ちよくなってほしくって、だからするんだよ。……でも君はわかってくれないんだね」
 ゆっくりと上げた顔には色がなかった。関羽が普段、暗い穴ぐらのようだと思っていた君主の両眼はより一層深く、泥沼の如く澱んでいた。
「だったらぼく、一人でするよ。君の前でオナニーする。笑いたきゃ笑えよ。でもぼくはするよ。笑われながら情けない格好して一人でイきまくるんだ。面白そうだろ? 」
 抑揚のない声で一息に言うとさっと片腕を持ち上げまっすぐに関羽の下半身辺りを指さした。ぎくりとし視線をいったりきたりさせる。主の気が触れてしまったのではと冷や汗を流すその様に冷たい笑いを浮かべて言う。
「だからそれちょうだい、それ。その海パン。おかずにするんだ。ほら、早く脱いでよ」




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