春の新色、海パン祭り



 夜もとっぷりと更けた頃、劉備玄徳の所有する広大な屋敷のある片隅の部屋で関羽はううむと唸りを上げた。神妙な面もちで見つめる先には布面積の異様に狭い奇妙な衣類。それが一枚二枚三枚と横に並べられ、寝台の上はあたかも蚤の市の店先である。
 白々とした敷き布の上では一枚一枚が違った色を浮かび上がらせ、目に眩しい。黒い布、赤い布、青い布……。どれもこれも逆三角形をしている。知っての通り所謂海水パンツという奴なのだが、用途は当然海水浴における装備品であり、内陸部に住む彼ら蜀人からすれば元々あまり縁のない代物であった(水浴びなど全裸で十分だった)。当然、これほどの枚数を所有している者も国中で関羽一人きりだろう。それほどに彼の趣味は珍しいものであった。
 一時など主に隠し持っている内の一枚を見つけられこれはなんなのかとしつこく問い質されたこともあったが、まさかこっそり遠出してダイビングを楽しんでいるなどとも言えず「ええと……これは健康器具ですよ。穿くと下半身がピッと締まってお通じがよくなるらしいです」とかなんとか言って誤魔化してしまった。しかし、例の一件で関羽の趣味が露見して以来隠す必要もなくなり、ということはこの無理のある言い訳に感心しきりの顔を見せていた主に対して後ろめたい気持ちになる事ももうなくなったわけである。なくなったはずである。

 思案顔で顎髭を撫でていた関羽はふと目に留まった一枚を軽い手つきで拾い上げた。両手でピンと引っ張り皺を延ばす。男らしさを引き立てるシックな黒。スタンダートな色合いだがやはりこれが一番だろう。
 うんと力強く頷き早速試着にかかった。寝間着を豪快に脱ぎ捨て鍛え上げられた肉体を晒す。棍棒のように太く、筋ばった肉の浮き出た両足を慎重に小さな布に通してからえい、と思い切り引き上げた。磨かれた姿見の前に立ち似合いの色か否かを確認する。目の前には隆々とした筋肉を惜しげもなく見せつけている無表情な男がいた。腰に手を当てやや斜めに構え直す。良く焼けて赤みがかった皮膚にくっきりと腹筋の割れ目が刻み込まれていた。大きすぎるほどに大きな身体の中心ではこれもまた巨大なものが小さな布地の下に窮屈そうに押し込められている。少々据わりが悪いかな、と股間に手を添え位置取りを直そうとする。膨れた前面部をぐいと横に押した所でがたん、と場にそぐわない奇妙な音が鳴り響いた。それが戸に何者かが手を触れた音であることはすぐにわかった。間を置かずに薄い扉の向こうでその何者かが元気良く声を上げたからである。

「関羽ー! ぼくだよ、ぼく。ねぇ入れてよー!」
 びくりとし戸を見つめて一時硬直する。その間も青年の掻き口説くような声は止むことなく耳まで届く。
「ねぇ、ぼくだってば! 聞きたいことがあるんだよお! 」
 なんとかして入ろうとしているのか戸がかたかたと揺れている。
 著しく興を削がれた様子で関羽は溜息を吐いた。のろのろと床に放ってあった寝間着を拾い上げ肩に引っかける。帯を腰に巻いてきつく締めながら戸に向かおうとしたが途中、ご自慢のコレクションが広げっぱなしになっているのに気付き慌てて全て寝台下の暗がりの中に放り込んだ。気を取り直して戸の前に立ち向こう側の人物に声をかける。
「どちら様ですか。よもや新手の詐欺ではないでしょうね」
「ぼくぼく詐欺!? しないよ、そんな犯罪行為! ぼくはぼくだよ、劉備玄徳だよ。君の兄で、一番偉い! 」
 そんなことわかってますよ、と溜息混じりに呟き飾り扉の掛金を外した。待ってましたと勢い良く開いた戸の向こう側にはやはり主の姿。夜中にも関わらずまだ寝間着にも着替えていない。目も冴えているようだ。丸い瞳を更にまん丸く見開いて興味津々に仏頂面な部下の顔を眺め回している。それに加えて妙に楽しげに吊り上がった口元が関羽を嫌な気にさせた。さっさと追い返したくて、もう寝る時間でしょう、何かご用ですかと矢継ぎ早に聞けば劉備は一層目を輝かせて言う。
「関羽。君、海パン千枚持ってるって本当? しかも全部色違いで柄違いの! ヒョウ柄とかー…シマウマ柄とかー…あっ、それストライプか」
「帰れ」
「ちょっ、関羽……ゴヴッ! 」
 渾身の力を込めて閉じた板戸が君主の低い鼻面を更に低くしたらしい。向こう側で上がった奇っ怪な鳴き声には気にも留めずにすぐ寝台までとって返す。どっかりと尻を縁に乗せ息を吐くと鼻先を手で押さえた劉備がふらりふらりとしながら部屋に入り込んできた。再び施錠するのを忘れていたらしい。
 主は部下の非礼に特別腹を立てた様子もなく眉の端を下げたままの曖昧な笑みで以てその部下と対面した。傍らまで寄り、俯き加減の関羽の顔を覗き込む。

「関羽どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「申し訳ありませんが今宵はどうか早々にお引き取りくださいませんか」
「そんなあ、丁寧に言ったって同じだよ」
「お願いします」
「いや、お願いされても……なに、ぼくそんなに嫌われてるの? ウジ虫の如く? 」
「しつこさで言えば蛭の方がふさわしいかもしれませんな」
 顔を見もせずに答える関羽に劉備はほんの少しむっとする。それでも一向にこちらを気にする素振りも見せない関羽に悲しげな様子で眉を寄せゆっくりと寝台に腰を下ろした。
 立ちこめる沈黙。隣合っていても視線が交わることはなく、互いにあらぬ方向へ投げかけるしかない。気まずい空気に耐えきれない劉備はおかしなほどにあちらこちらへと頭を向け視線を滑らせた。海の底のように暗い寝室が灯りでぼうと滲む。僅かに身震いした劉備は最後に勢いよく寝台の下を覗き込んだ。足の間から暗闇に目を凝らすとなにやら見慣れないものが目に入った。
「あれ、これなに? 」
あ、と声を上げた関羽を後目に一つ取り出して広げてみた。真っ赤な布の小さな水着。ぴんと伸ばしまじまじと見つめる。
「関羽、これ海パン……? 」
「返してください」
即座に取り上げられ赤が視界から消えた。
「君、ほんとに海が好きだねぇ」
嫌みを込めた劉備の声色に関羽は黙り込む。
「海パン千枚の話もこれなら頷けるな」
「持ってませんそんなに。誰に吹き込まれたんですかそんなこと」
「ん、孔明が言ってた」
「……そうですか」
 闇を見つめなおも目を合わせようとしない。片足も小刻みに動いて落ち着きがない。
 これは何か知られたくないことがあるな。劉備は長い付き合いである義弟の癖を思い出す。何か後ろめたいことがある時は決して人の顔を見ないという、大柄で強面な男からは想像もつかない癖であった。

「ねえ、関羽はこんな色柄ものの海パン穿いて海で何するの? 」
「何って、そりゃあもちろん海に潜って遊びますが」
「ホントに? 見た目かっこよくして、カワイイ女の子引っかけるとかじゃなくて? 」
意外な台詞に驚きちらと目を向ける。
「そんなまさか。今時の若いもんじゃあるまいし」
「へえ、なんか怪しいなあ。ホントは溜まってるんじゃないの? 」
咳払いがうるさく響く。
「わ、たしはあくまでイルカちゃんと戯れたいだけです」
「でもイルカ相手じゃあんなこともこんなこともできないよ。例えば中出……はっ! まさか君、イルカ相手に……」
「不愉快な想像はすぐに消せ。切り落とすぞ」
「ご、ごめ…そんな鬼のような顔しなくても……」
 関羽の一睨みにおおげさに肩を竦めてみせる。再び沈黙。とりあえず切り落とされたくない劉備は口を噤み大人しくすることにした。がそれも長く続くものではない。
 変わらず部屋の一角を見つめたままの関羽に僅か、にじり寄る。様子を見、また寄る。着物の裾が触れ合うほどぴったりと寄り添う。関羽は前で手を組み、足を大きく開いている。ちらとその様子を盗み見た劉備はすぐ傍らにある太い幹のような腿にそっと指先を這わせた。案の定反応の良い関羽はびくりと身体を振るわせ主の顔を顧みた。主もまた部下の顔を見ていた。薄笑いを浮かべた口元と澱が重なったようにどす黒い両眼に関羽は身動きがとれなくなった。見つめ合った状態で進退窮まってしまう。関羽が冷や汗を流すその間も主の細い指先は腿を這いずり回る。薄い布地の上からその下の肉の堅さを確認するように指の腹で幾度もなぞる。
 なにをしているんだ、と声にならない声で問うと、いいことしてるんだよ、と密やかな応えが返ってきた。その言葉を契機にまさぐる手はより大胆になる。夜着の下へと無遠慮に侵入してくる掌を退けるのは容易なことではなかった。手で腿を掴むように覆い筋の流れを追う形でさする。膝頭から足の付け根までをゆっくりと往復する。その動きが皮膚を熱っぽくさせるので関羽は酷くうろたえた。今、這いずり回る手をぴしゃりと打ってひっぺがすこともしようと思えばできようが、関羽はその選択肢を選ぶに選べないでいる。指先がつい、と股間を頼りなく覆う布地の端に触れても、その腕を掴むことはできなかった。
「……もしかして怒ってるんですか」
「えっ? なんで? 」
 片手で器用に帯を解く劉備の声色は気味が悪いほどに陽気だった。質問意図がわからない様子で肩をすくめ、露わになった関羽の股間に目を落とした。そこを凝視する彼が奇妙な黒い水泳着を見咎めているのか、その下の別の物の形状を想像しようとしているのか関羽にはわからなかった。
 しばし眺めた劉備は身体の横側を関羽にぴったりと押しつけた状態でなんの前触れもなく、ごく自然な動作で以て手を身体の中心の膨らんだ部分へと移動させた。夜気で冷たくなった手が敏感な部位に乗って僅かにたじろぐ。顔を歪める関羽に薄く笑いながら劉備は優しく揉むようにして股間を慈しんだ。掌で全体を覆い左右に揺らしてみたり、時折指ですうっとなぞってみたり。子供が玩具を弄ぶより熱心に、楽しげに男の性器を嬲り続ける。
「う、わ…なんか勃起してきたみたいだ……」
 まさか、と関羽は一瞬思うが主の手管のためにもはや否定できない所まで来てしまっていた。膨張し始めたものが布を押し上げ形をくっきりと浮き上がらせている。
「わあ、すご…関羽の、相変わらずでっかいんだね。こんなのがいつもお尻に入ってるのかあ……」
「もう、いいですから、私が悪かったのなら、謝ります。だから、どうか……」
「しかもこんなにガチガチだ……。やっぱり男に触られても気持ちいいものは気持ちいいんだね」
「やっぱり勝手にダイビング行ったこと、まだ根に持ってるんですか? あれは、もう水に流したことじゃありませんか。なのに……」
「おまけにぬるぬるしてきた! 」
「……」
「……あ、やば、なんかぼくも興奮して勃ってきちゃった」
「人の話を聞かんかこのセクハラ君主がァァ!! 貴様の手コキで勃ってたまるかゴルァ!! 」
「か、関羽、急になんで!? 」
「と言いつついつまで触ってんじゃ、ああ!? 」
「ヒイィィ! ご、ごめんなさひいぃぃ!! 」
「死にさらせ! 」

 とりあえず胸ぐらを掴んでブン投げてやったところ、劉備はころりと寝台の上を後転し反対側の床に落っこちた。我ながらマンガのようだと思いつつ自分の臍の下に目を向ける。主に弄ばれた股間は熱を帯びたまま治まりそうもない。自分で処理するしかなかろうと嘆息した関羽だったがこの年になって自慰をすることの恥ずかしさを思い動くに動けなくなってしまった。途方に暮れる関羽の背中に重いものが覆い被さる。
「ねー関羽ぅ、そのまま放っておくと体に悪いよ」
「いらん」
「うぅ…無碍にもほどがあるよ、君……」
 長く息を漏らした関羽は頭の横から伸びた貧相な腕二本を捕まえてさすった。打って変わって優しげで慈しむような手つきに劉備はあっと息を飲む。
「あんた、無理してるだろ」
「えっ」
 頬が付きそうなほど近くで低く重たい声が言う。
「部下の気を引くためにわざとこんな振る舞いをする」
「……どうしてそう思う? 」
 押しつけた体全体からぬくもりが伝わり心地よい。堅い髪に鼻先を埋め甘えるように愛撫してその応えを待つ。
「まず思いつくのが、貴方が天下を我がものにするためには部下に取り入り手懐ける必要がある、という理由。この行為も願望を満たすための手段に過ぎない」
「…そう」
「もう一つは…これはまるで確信のない考えなのですが……貴方が酷く寂しがりで…私のことを、その、深く愛しているから、という理由です」
 劉備は間髪を入れずに目の前の唇に自分の物を押しつけた。頬を包み引き寄せ、貪り食うように肉厚な下唇を味わった。呆然とする部下の顔を間近に見つつ角度を変えもう一度吸い付く。割開いた歯の向こうに隠された舌を器用に捕まえ強引に絡ませる。熱い舌の感触も流れ込む生ぬるい唾液の味も随分と久しぶりなもので、関羽は目眩と共にやっとそれを受け入れた。
 幸せそうに目を細める君主は腕を絡みつかせ髪を撫でして男を慈しんだ。十分にそうした後ようやく唇を離す。その時くちゃり、と湿り気のある音が暗い寝間に響いたので互いにどことない羞恥が沸き起こった。
 頬を紅潮させたとろけきった顔で見据えて笑み、劉備は広い背にぐたりと頬を押しつけた。僅かに荒くなった呼吸の震えが皮膚を伝わってはっきり届いた。腹に回された腕にさりげなく手を添えなぞる。
「…あのう、兄者。その、ということは、先ほどの答えで正解…でよろしいのですか? 」
「…うん」
「……貴方様が望むならば、もう趣味に現を抜かさないとお約束することだってできるんですよ」
「ホントに? じゃあ隠してある海パン全部捨ててくれる? 」
「ぜ、全部ですか」
「あとイルカの秘蔵写真集の数々も」
「ぬ、ぬうぅ…しかし、まあ貴方がそうして欲しいと言うなら…それも仕様がないでしょう」
 上擦った関羽の声に力ない笑いを漏らし劉備が言う。
「いいよ、そんなの。嘘だって。君は君のしたいことをしていいんだ。だってそれが君の小さい頃からの夢だったんだろ? 一度持ってしまった夢はそう簡単には捨てられないから……そうだよね? 」
 耳元の囁きにぞくぞくと背を何かが這い上がっていく。
 腹にあった掌がおもむろに皮膚の上を滑りはだけた胸元へと到達した。そのままするすると厚い肉を撫で回す。
「でも、ソッチにばっか構ってたらやっぱり嫌だよ。たまにはぼくとも遊んでくれなきゃ」
 嫌な予感に全身の毛が逆立つような気がした。そういえば自分は今まで幾度となく逃げては追われ追われては逃げを繰り返してきたのではなかっただろうか。その度にこうして宥められ絡め取られ、事が済んだ後にもうこんなことは二度とするまいと心に誓ったのではなかっただろうか。だがしかし、そのような些事は耳元近くで聞こえる欲情しきった荒い息や再び陰部をまさぐり始めた指先の前ではもはや問題にすべき事ではなかった。
「だからさあ、しようよ、二人で。ね? そしたら他のことは大目に見てあげるからさあ、ねぇ関羽。一緒に気持ちいいことしようよ」
 関羽は応えて短く乾いた笑いを漏らした。その音は相手を嘲っているようにも、我が身の境遇に絶望しているようにも聞こえる、悲しい音だった。




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